まんまるののんびり日記

ピアノレッスン6年目に突入しました~。大人のピアノなのでのんびり楽しく練習しています。

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27年前のこと (2)

えらいところに来ちゃったな・・・と思いながらももうやるしかないんです。
でもね、忙しい現場なので先輩もみんな怖いし、経営者であり、外科医だった理事長先生は職員みんなが恐れる存在。ワンマンで昔気質の外科医って感じでした。
だから理事長が直接外来診療する週3日はピリピリしていました。
理事長には「クーパー」と呼ばれるハサミで手を叩かれたこともありましたし、みんなの前で大声で怒鳴られたこともあります。
でも一生懸命やって褒められたり診療の直接の補助を「お前がやれ」と指名されたこともありました。

パートの看護師さんも怖かったなあ。1人母に近い年齢の人なんですが、どうも私のことが嫌いだったのか私の1つ上のお気に入りの先輩のことは「○子ちゃん」と呼んでかわいがっていましたが私には何年経っても冷たい目をしてほとんど笑ってもくれませんでした。

看護師はゆっくりお昼ごはんなんて食べてられません。
先輩とお昼に行くとみんなものすごく速い!
必死でついて行こうとかきこむように食べてまた仕事…。
一緒に話せる仲間もいないし、頑張ってましたけど1週間後には体調を崩しました。胃炎になってしまいました。
婦長室に呼ばれホットミルクを出されて「大丈夫?」と総婦長に声をかけられて泣きましたね。理由は分からないけど毎日不安が一杯で。
こんなことでやっていけるのかなって自分でも思いました。

でも病院には専門学校の学費を出してもらうことになっていますから辞めることはできません。引き返せない、という思いもありました。

学校が始まると基本は朝8時から12時まで勤務。その後学校に行って1時半から4時半まで授業、また夕方5時半から8時半までが勤務という生活でした。
看護学校も他の同期は準看養成校で病院から電車で2駅と近くにありました。でも私は電車で3駅+バスで通っていたので近い学校の子に比べて本当に時間に余裕がありませんでした。
後にやるようになる当直勤務の方が気が楽でした。(救急がこなければ仮眠も取れたし)

専門学校では他の病院で勤務している友達ばかり。そこで知ったのは自分の待遇の悪さ。
病院によっては午前仕事で午後は学校、それも勤務と計算して学校でおしまいというところも少ないですがありました。そういう人は学校が終われば自由時間。
勤務時間は私と似たようなものでも、寮はワンルームマンションで門限以外は自由な生活という子もいました。
就職先選ぶ時間もなかったし仕方ないですけどね。

それでも1年もすれば住めば都、何とかやっていけるようになり、寮も1年後には1人部屋となりました。自転車も乗れるようになり、テレビも部屋に置いてもよくなり、それだけでもすごくうれしかったです。
当時バブル景気で同じ位の年齢の大学生は派手に遊んでいた時代にほんとにありえない生活。
クーラーはつけてもらえず、寮生活の間扇風機だけで暮らしてました。
でもこんな小さなことで喜んでたなんて自分でも不憫だわ…。

当時の職場の私はこんな感じ。20歳の頃です。
ちなみに真ん中の先生は当直の救急医。人気があってその日が最後ということで記念に撮ったと思います。

20130328
ちょっと見にくいですがブルーのエプロンと三角巾。
私の勤務先は学校で「戴帽式」というのをやったらナースキャップをかぶれました。

これがまた、準看の子は1年経てばそうなるんですが、私は1年半かかるのでそこでも差が生まれ、さらに準看は2年で資格を取って准看護師として仕事をします。免許持ちです。
でも私は4年間無免許なので当然給料も仕事も違い、同期だし、下働きばかりの自分と堂々と看護師として働く同期を複雑な思いで見てました。でも割り切って自分の仕事をこなすしかないですからね。

そんな感じで下積み生活が長かったなあと思います。
仕事をしながら専門の勉強をするのは本当に大変で、正直英語や心理学などの授業は寝てることが多かったです。
進級できない仲間や途中でやめる仲間もいましたし、そんなこともあってか、今では母校の4年定時制というのは廃止され、普通の仕事をしないで学業に専念する3年過程に変わりました。

正直、看護師になったのは今でもよかったと思いますが就職先についてはもっと早く親と話し合ってちゃんと色々考えてから決めるべきだったなと思いました。
でも、その病院に勤務していたおかげで夫と知り合ったということもあります。(注 夫は元患者ではありません)
なのでその後のなが~~い結婚生活のことを思えば結局はこれが運命というもので、結果オーライだったかなと。
それに最初に厳しい環境に入ったおかげで少々のことでは逃げないたくましい自分になった気がします。
高校生の自分は世間知らずで甘ちゃんでしたから。

ざっくりですが、自分の若い頃を振り返ってもまあよくやってたなあ、あれで…という部分も多々ありますし、周りの人たちに助けられたり励まされたりして何とか看護師になれたんだと思います。

寮生活も先輩と大晦日に小さい台所で鍋パーティーをしたり、無断外泊して偽装工作をしたり…面白かった思い出も沢山あります。
1年目は4畳半に2人分布団を敷けば一杯一杯。それでもお互い試験前には1人はコタツで勉強、1人は布団を敷いてその真横で寝る、なんてこともありました。
仲のいい同期の部屋にマグカップ持って行って集まっておしゃべりしたり…。

女子寮ならではの楽しさもありました。
息子たちも私と同じように色々なことを経験しながら成長し、1人前になっていくんでしょうね。
悔しくて泣く日もあれば、この道に進んでよかったと思える日もあります。
私には何もできないけれど、自分が出来たんだから子供も出来ると信じて応援します^^
あ~懐かしかった。

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Comment

NoTitle 

こんにちは、初コメントです。
いつも楽しく、読ませていただいております。

私は看護師ではありませんが、医療職です。
確かに看護師さん、いろいろなコースをたどってきた方がいらっしゃり、また、働きながら学校に通っている子もいて、大変そうでしたね。
私も女子寮はいい思い出です。(というか、苦い思い出も含めて)

うちの子供はまだ小学生ですが、不器用なので壁にぶち当たりまくっていますが、自分の力で解決できるようになって欲しいです。
あ、ついでにピアノももう少し・・・・

私も、公私ともにがんばります。
これからも楽しいブログ、期待していますね~
  • posted by ぴーちゃんママ 
  • URL 
  • 2013.03/31 14:42分 
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  • [Res]

ぴーちゃんママさん 

はじめまして。いつも見ていただいてるんですか、ありがとうございます!
最近は看護師になるのに私のような働きながらの苦学生みたいな人は少なくなってるんじゃないかと思います。
大学に看護科が新しく出来て私の時代より大学が増えてますし。

> 私も女子寮はいい思い出です。(というか、苦い思い出も含めて)

そうですね、当時携帯電話なんかない時代で公衆電話1つあるだけだったので電話するのも一苦労でした。
共用の冷蔵庫に名前書いて入れておいてもいつの間にかなくなってたり・・・色々ありました。

> うちの子供はまだ小学生ですが、不器用なので壁にぶち当たりまくっていますが、自分の力で解決できるようになって欲しいです。

うちの子も不器用で心配ばかりで20年・・・でもきっとだんだん成長して自分でやっていくのでしょうね。
思いつくまま適当なことを書いてるブログですがこれからもよろしくお願いします。
  • posted by まんまるお月 
  • URL 
  • 2013.03/31 18:49分 
  • [Edit]
  • [Res]

NoTitle 

「オートクレーブ」35年ぶりに聞きました(^^)懐かしい。医療機器メーカーに勤めていた時期があったので。

働きながら勉強し資格を取るのは本当にご苦労な事と思います。娘も通信の大学だったので卒論を仕上げるのに睡眠時間は2時間だったと言っていました。

親が厳しかったり、理解が無かったりって子供にとったら障害以外の何ものでもないのですが、その障害が子供を成長させる事も事実ですね。でも中には非行に走る人もいますよね。その辺は本人の持って生まれた気質なのかなと思います。
「出来る人」のまんまるさんは、こうして生まれたんですね。
  • posted by Qちゃん 
  • URL 
  • 2013.04/04 14:16分 
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  • [Res]

Qちゃん 

> 「オートクレーブ」35年ぶりに聞きました(^^)懐かしい。医療機器メーカーに勤めていた時期があったので。

そうなんですね~。今は何でも使い捨てが多くなって今の職場にはオートクレーブは置いていません。

> 働きながら勉強し資格を取るのは本当にご苦労な事と思います。娘も通信の大学だったので卒論を仕上げるのに睡眠時間は2時間だったと言っていました。

そうですね、テスト前とかほんとに寝る暇なくて電車でつり革につかまって立って寝てました^^

> 親が厳しかったり、理解が無かったりって子供にとったら障害以外の何ものでもないのですが、その障害が子供を成長させる事も事実ですね。でも中には非行に走る人もいますよね。その辺は本人の持って生まれた気質なのかなと思います。

私の親は「女は勉強なんかしなくていい。かわいくしてて郵便局にでも勤めて(何で郵便?)さっさと結婚したらええ」という考えで教育費は極力ケチっていましたね。その反発心から勉強しました。
うちの子にもそう言えば勉強してくれたかな~(いや、しないな)
非行に走る勇気はなかったです。それに大人に自分の方を見てもらいたいと思えばこそ非行行動に出るのかもしれないですね。私は親にこちらをみてほしいとか思わなかったし・・・。

> 「出来る人」のまんまるさんは、こうして生まれたんですね。

「出来る」わけではないですけど、この看護学生時代の経験のおかげでなんとか切り抜けられたのかなと思うことは沢山ありました。やっぱり若いうちに苦労はしておくべき、と思います。
  • posted by まんまるお月 
  • URL 
  • 2013.04/04 17:29分 
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プロフィール

まんまるお月

Author:まんまるお月
40代の主婦です。
夫と3人の息子と暮らしています。
趣味はバイクでツーリング(たまに)、キルトがありますが、最近1番ハマっているのはピアノです♪

限定記事についてはブログ上でやり取りをさせていただいている方でしたらパスワード、お気軽にお問い合わせ下さい。

●今レッスン中の曲
「HANABI」
 ハノン
 こっそり譜読みしている曲
 ベトソナ19番 第1楽章



●今までレッスンした曲
リンクにあります。

●ピアノ歴 
2011年11月からレッスンを受け始めました。
それまではオルガン・おもちゃのようなキーボードなど自分で勝手に遊び半分で鍵盤さわってました。最初はカワイのCA13というデジピで練習していましたが、2014年4月にアップライトピアノを譲っていただきますますピアノ熱が上がっています!

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