2017-04-10(Mon)
31年前
4月になりましたね。
ブロ友さんのお子さんにも、進学や就職などで親元を離れて一人暮らしを始めたという方が何人かいらっしゃいます。
新しい生活への期待と新しい環境への不安…両方が入り混じって不安定な時期でもありますね。
私も高校を卒業した31年前、実家を出ることになりました。
何度か書いたことあるかと思いますが、卒業後、病院で助手として働きながら看護学校に通わせてもらうという道を選びました。
就職先の病院に授業料を出してもらう代わりに、資格を取ってから学校に通わせてもらった年数をそこでナースとして働く、という約束、いわゆる「お礼奉公」ってやつです。
それをすることで親に授業料を出してもらえなくても看護学校に通えました。私の場合、看護学校は4年制だったので4年のお礼奉公がついてくるという長い道のり…。
准看護学校に通った同期は2年ですから、准看だけ取るなら私が看護師になった年にはその同期はお礼奉公まで終わっちゃってる^^; 実際そういう同期もいました。 とてつもない長い年月に思えましたよ。
実は私1人が同期の中で4年制の看護学校に合格し、他の30人近い同期はみんな准看学校を受験することになっていました。
入社式の後、他の同期はこれから受験なので1日会議室などで勉強。進路の決まってる私だけがお仕事。
現場は怖いし、何をしたらいいのかもわからないし、神経すり減りました。
1週間して胃を悪くして、おばあちゃんみたいな総婦長に婦長室で優しくされてメソメソ泣いたりもしました。
メンタル弱かったなあ。
寮に帰ると慣れない洗濯やお掃除当番があり、お風呂は寮生の数の割に小さいので (あまりに足りないのでその後増設されました)順番を取るのですが夜中にならないと回ってこない・・・^^;
ワンルームマンションなんていいものじゃなく、トイレ風呂台所共用で、洗濯機も2台を順番に使うことになってました。
何もかもが少なくて足りない不自由な生活。
同期は沢山いたし、ルームメイトもいい子だったけど、慣れるまでは知らない者同士、よくあんな環境でやれたなと思います。
実家が嫌いで家を出たかったくせに、家に帰りたくなりましたね。
あの頃の心細さ、「家はよかったなあ」「お母さんに会いたい」という気持ち、30年経っても覚えています。
その後しばらく経つとそんな寮生活も住めば都で楽しいことも一杯あるし、親の目を気にしないでいいから(先輩の目はありますが)楽しくなりましたね。
寮に運ばれてくる、入院患者さんと一緒の決しておいしくない食事にも慣れましたし。
そのおかげで好き嫌いもなくなり、どこでも出されたものを食べられるようになりました。
実家だと好きじゃないものをわざわざ出したりしないですよね、残るだけだから。
どこででも、明るかろうが物音がしようが、平気で寝られるようになったし~。
色々鍛えられました。
今、不安で一杯だったあの頃の私のようなお子さんのいる人が沢山いると思いますが、大丈夫です。
きっと乗り越えて、成長していきます。
うちはまだ長男も末っ子も実家暮らしだし、次男もごく近所に住んでいて、寂しいとかそういうことはないと思います。
でもいつかは親から離れて自分1人で生活していかないといけない。
早くそんな日が来てほしいなと心から願っています。
心配はあっても、子供の自立への歩みは喜ばしいものですよね。
みんな頑張れ~。